作家志望の証券マンである寺田青年が、独立して居酒屋を始めようと決意。理由は簡単。「店を出して人に任せれば、執筆の時間がとれると思ったから」。しかし世の中は、まさに「小説より奇」であった。
大手居酒屋チェーンのFCとして始めたこの店が大当たりした。おかげで、社長は2年で1日しか休日がないほど働いた。小説を書く時間は一切なくなったが、2年で開業資金をすべて回収し、その上で利益まで出たという。続いて大塚、銀座、神田と出店が続いた。
これまでのテラケンを支えてくれた社員の努力に応えるために、もっと会社を大きくしよう。そう考えた社長は、本格的にチェーンストア理論を学ぶため、日本最大の研究組織である「ペガサスクラブ」に入会。
店名を自社のオリジナルブランドである「さくら水産」に改め、第一号店を東京・九段目白通りに出店。「おいしくて健康的で安全な低価格指向」という当時としては画期的なコンセプトが話題を呼び、ここからさくら水産の快進撃が始まる。
その後も出店が続き、現在は12都府県に143店舗を有する一大チェーンに。今後は海外進出も視野に入れた出店を計画中。
本気で人を育てたいという社長の考えのもと、社員育成に大いに力を入れる。
もともと作家志望だった社長。「65歳で引退して、それから書き始めるつもり」と、夢はまだ健在。